手技療法を学びたい
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くつぬぎ手技治療院 |
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ここでは私が手技療法についてどのように考えているのか、
少し詳しくお話しさせていただきます。
さまざまなテクニックの共通性
手技療法にはさまざまな技法があり、また年々新しいテクニックが開発されています。多くのテクニックがそれぞれ独自の特徴をうたっていますが、他動的なアプローチにおいて「治療刺激の入り方」という視点からみると、実は3パターンしかないと私は考えます。
それは「伸ばす」のか、「押さえる」のか、「滑らせる」のかのというものです。「伸ばす」「押さえる」及びその組み合わせは筋筋膜系、「滑らせる」というのは関節系のテクニックで主に用いられます。
そんなに割り切っていいの?と思われるかもしれません。では、「伸ばす」「押さえる」を、マッサージの代表的な手技である、軽擦法・揉揑(じゅうねつ)法・圧迫法に照らし合わせてみてみましょう
まず軽擦法は、なでる、さするということですが、これはセラピストの手を患者の皮膚にぴったりと軽く「押さえ」、手を横に滑らせることで組織をわずかに「伸ばし」ています。いわゆる「もむ」という、マッサージの最もポピュラーな手技である揉揑法も、組織を「押さえ」たまま、揺さぶるように反復して組織を横方向へ「伸ばす」方法です。圧迫法は、「押さえる」ことですね。
さらにストレッチはというと「伸ばす」ことです。筋筋膜リリースでよく用いられるクロスハンドテクニックは、両手を交差したまま組織を「押さえ」、そのまま交差を深くしていくことで「伸ばし」ていく方法です。
結合織マッサージのピンチロールテスト、つまり、皮膚をつまんで皮下組織のあそびをみる検査では、母指と示指で2点を「押さえ」て、接近させることで組織を「伸ばし」ています。ASTRは、組織を「押さえ」たまま、横方向に「伸ばす」ことでフックし、加えて関節運動を伴ったストレッチを行うことで、組織をより「伸ばす」治療手技です。
いかがでしょう?すべて「伸ばす」「押さえる」の組み合わせで説明できることがお分かりいただけたでしょうか
続いて他動的な関節系のアプローチでは、オステオパシーのアーティキュレーションや、カイロプラクティックのアジャストメント。理学療法なら、Kaltenborn
, Maitland , Parisのなどの関節モビライゼーションと、関節ファシリテーション(JF)や関節運動学的アプローチ(AKA)等が挙げられるでしょう。
関節系も多くのテクニックがありますが、いずれのテクニックにも共通することは、関節面に沿って「滑らせる」ように刺激を加えることで、動きの回復を促すというものです
考え方や方法によって、関節面を接近させる圧縮法を用いるのか、離解させる牽引法を用いるのかという違いがありますが、理論的な点を除くと操作上は近づけるか離すかという違いだけになります。
こうなると、「伸ばす」「押さえる」「滑らせる」という刺激の加え方を、高い精度で用いることができるように身につけておけば、さまざまな治療技術もより習得しやすくなるということになります。あらゆる手技療法の7割程度は、技術的に共通するところがあるにではないかと私はみています。手技療法の寺子屋では、その共通する技術を基本としてまとめ、体得を目指します。それによって新たなテクニックを学ぶ時は、残りの3割程度を学べばよくなります。
予め基本をしっかり身につけておくことによって、新たに学ぶテクニックの習得も早く、かつ、そのテクニックの持つ独自性もかえってよく理解できるはず。各セラピストが自分の考え方に基づいて、どのような理論的立場によってアプローチしたとしても、基本を生かしていくことができると考えています。
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≪保健医療科学研究会さん(東京) セミナーでのひとコマ≫
基本の大切さ
なぜ基本が大切なのでしょうか?当たり前すぎてかえって素通りしやすいことなので、改めてここで触れておきたいと思います。
基本というのは英単語なら、いちばん最初に習う「a」や「the」に当たります。おなじみのシンプルな単語ですね。これに対して専門用語のような単語ほうが、何だか難しそうな印象を受けるかもしれません。けれどもふつうの英和辞書では、専門用語の解説はごくごく短いものです。それは、用法が限られているからでしょう。ところが「a」や「the」の解説は、かなりのボリュームがあります。シンプルな単語でも、さまざまな用法があるからですね。基本とはそのようなものだと思います。
手技療法の場合も、基本には用法がたくさんあり、あらゆる局面で用いられます。基本がないと技術は成立しません。そのためには基本をあらゆる状況で活かすことができるように、いろいろな角度から説明しておく必要があると考えています。そのために、さまざまな部位へのさまざまなアプローチ法をご紹介しています。語弊があるか言い方かもしれませんが、さまざまな部位に対する、さまざまなアプローチを紹介していたとしても、それらは私にとって基本をお伝えするためのレパートリーのひとつであり、手段とも言えるかもしれません。お伝えしたいのは、あくまで基本です。
専門性の高さや独自性をうたったテクニックはたくさんありますが、技術的にはそのほとんどが、基本の上にいくらかトッピングを加えたというものではないでしょうか。上述の繰り返しになるので表現を変えますと、例えばケーキなら、スポンジとクリームという基本の上に、デコレーションという独自性があるといえるのかもしれません。多くに人は、デコレーションの部分に目が奪われますが、まず大切なのはスポンジとクリームです。手技療法の寺子屋では、ケーキのスポンジとクリームに当たるところを、繰り返し練習していただきます。
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≪はれやかグループさん(大阪) セミナーでのひとコマ≫
楽操について
基本技術を身につける上で、まず大切なことは何か? それは自分の身体を傷めないこと、自分の身体を守ることだと思います。そのため、自分の身体を楽に操作する「楽操」の技術は必ず身につけておきたいところです。
仕事で手技療法を用いるとなると、長期間、反復して特定の操作を行うことになります。テキパキとスピードディーに、多くの患者さんを診る必要があります。自分の身体を傷めないように操作するというのは当たり前のことですが、当たり前だけにおざなりにされがちで、残念ながら身体を傷めているセラピストは少なくありません。そして、患者さんのために一生懸命でも、基本技術が不十分ために身体を傷めているセラピストも少なからずいて、私は心を傷めています。セラピストが仕事で身体を傷めていては、患者さんから見ていても痛々しいでしょうし、厳しいかもしれませんが説得力がなくなります。
自分の身体を傷めないように楽に操作するということ。それは当たり前のことで、何も特別なことではありません。しかし、この当たり前のことが出来ていないことが少なくないことを、セミナー講師などの活動を通して実感しました。そのために、あえて「楽操」を強調しなければいけないと考えるようになりました。
「楽操」はセラピストの身体を守るためだけではなく、以下のように技術を習得する上でも必要です。
◎ 自分が楽に操作できるから、患者さんの身体の状態もよくみえる。
セラピスト自身が「腰がきついなあ」とか「脚がしんどい」という感覚を持ちながら患者さんの身体を診ても、きちんと診られるわけがありません。ましてそのような使い方が習慣になると、先ほどお話ししたように自分の身体を傷めてしまうリスクも高くなります。
⇒ 身体の状態がよくみえるから、正確な評価が可能となる。
自分の身体が窮屈だと、十分集中できません。そうなると評価が大ざっぱなものになったり、場合によって見当違いな判断をしてしまう可能性もあります。自分が楽で相手の状態がよくみえるからこそ、正確な評価が可能となります。
⇒ 楽に操作できるから、必要な部位に的確な刺激を加えることができる。
テクニックを用いる上でも、セラピスト自身が窮屈さを感じていては、刺激の強さや方向のコントロールが正確に行えない可能性が高くなります。そうなると、必要な部位に十分な刺激を集めることができないばかりか、刺激の加え過ぎによって患者さんにダメージを与えてしまうリスクも高まるでしょう。
⇒ 楽に操作でき、正確な評価が行え、必要な部位に的確な刺激を加えることができるから治療が上手くいく。
そうあってこそ長い年月に渡ってたくさんの患者さんの役に立ち、私たちも元気に楽しく仕事をして生活していくことができるわけですね。
楽操から学べることはこれだけではありません。楽に操作できるということは、その動きが合理的・効率的だからです。その動きを、解剖学・運動学に照らし合わせてみましょう。楽操ができれていれば気持ちにも余裕が持てるので、自分の動きを観察しやすいはずです。こうすることで自分の実感を伴った、生きた動作分析を学ぶことができます。
さらに楽に操作できていなかった時の動きも再現し、解剖学・運動学に照らし合わせて検討してみてください。楽に動かせないキツさやしんどさなど、どこかにムリを感じる部分があったとしたら、その反復によって機能障害が発生していく可能性があるわけです。
ムリのある「キツ操」「しんど操」をよく理解すると、機能障害の発生するプロセスを学ぶことができます。
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≪国手塾 北20条整骨院さん(札幌) セミナーでのひとコマ≫
「手技療法の寺子屋」に込めた想い
手技療法の寺子屋は、「知識や理論」からではなく「技術や感覚」から身につけます。目的とするのは「触れる」「感じる」「動かす」という基本技術の習得です。
医療人として現場に臨むためには、「知識や理論」と「技術や感覚」がバランスよく身についている必要があります。そして、それらはバラバラではなく、トンネルのように互いにつながっていなければ臨床で役に立ちません。現在では、知識や技術を学ぶときの標準的な学習のすすめ方として、まずは知識や理論をしっかり学んでから、その上で技術を身につけるという順序が主流です。その一方で、感覚や技術から学んでいくルートがあってもよいのではないかと私は考えています。
例えば、私たちが「塩」や「しょっぱい」という言葉を知識として知らなくても、塩やしょっぱさを体験することはできます。塩をひとなめして「なんだこりゃ」と感じたとき、親から「塩をなめたね」とか「しょっぱかったでしょ」と声をかけられ、これが塩というもので、しょっぱいという感覚なのだと理解し記憶するわけです。私たちが生活をする上で必要な知識というのは、むしろ感覚を体験し、知識として記憶するという順序で身につけてきたはずです。これが感覚的な体験をしないまま、塩を理解するというのは、かなり難しいでしょう。本を一冊丸暗記しても、塩を知っているとは言えないかもしれません。
手技療法が対象としているのは、筋肉など主に関節を構成する軟部組織が、機能的に異常を起こしたものです。機能的な異常というのはこの場合、変形したり断裂したりという「かたち」が変わってしまったものではなく、伸びにくいとか動きにくいという「はたらき」がおかしくなってしまった状態です。はたらきの異常な部位を、軟部組織の質的な変化を頼りにして発見し、コントロールされた的確な刺激を加えてより正常に近づけていきます。それによって関節の可動域が改善したり、筋力が回復するという測定可能な量的変化を得られるように働きかけます。ですから、手技療法を行う上では組織の質的な変化を感じ取る感覚と、そこに適切な刺激を加える技術を身につけておくことが必要不可欠になります。
量というのは数字で測ることができるので、知識としてもあるていど理解可能なものです。これに対して質というのは数値化が難しいため、体験しないとなかなかピンときません。ですから私は、触れて感じることができる軟部組織の質的な変化をいうものをまず体験し、それに対する技術的なアプローチ法というものを身につけ、知識や理論を固めるというルートがあっても良いのではないかと思っています。
みなさんは子どもの頃、砂場で山をつくってトンネルを掘った経験をお持ちだと思います。そのとき、一方向から掘り進んで開通させたでしょうか?もしそのようにしたら、なかなか大変だったはずです。きっと多くの方は、一方向からあるていど掘り進んだら、反対方向からも掘り進み開通させたはずです。経験的にこちらのほうが楽に開通させることができると知っているでしょう。
私は知識や技術を身につける上でも、これと同じように両サイドから学んでいったほうがスムーズに身につくのではないかと考えています。大切なのは、さまざまな学び方があって良いのだということ。私は感覚と技術から身につけていくルートを整備し、みなさんが安心して学べるようにしていきたいと思っています。
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≪札幌高等盲学校付属 理療研修センターさん セミナーでのひとコマ≫
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